悪戦苦闘の人付き合い

2020/05/06

 

僕が今日のように愚痴をたれられるのも相手あってのことなのだ。文句を言える、受け止めてくれる相手がいるのはありがたいこと。言い方もマシになってきたと自認してる。上手になってきた。でもまだ課題もあるね……と2冊本を買った。言ったって分からないんだから言わなかったらなおのこと。

 

 

この本も、何年か前に先生に薦められた水島広子さんの本。極めてソフトで実践的。先生に「タダさんは相手が思い通りにならないとイヤなのかもね」と言われて、はじめイラッとしてしまったんだけど、これ読んだらなるほどそういうことなんだなぁと納得した。

 

僕は自分が些細なことで傷ついた時のことを細かく覚えている。

飲み会でたまたま自分が話し始めた時に他の話題がどっと盛り上がって聞いてもらえなかった、面談で自分の分の何かが用意されていなかった、など。いずれも些末なこと。

で、人が同じような場面に出くわす時に、同じ思いをしないように自分がその緩衝材になろうとしたり、自分にとってムッとすることを言われてもその場ではこの人は冗談で言ってるのだから大目に見ないと、と取り繕って傷ついていないような顔して我慢して、それでいて後々まで思い出し怒りを繰り返し溜め込んである時爆発したり、がパターン。

しかしながら、こちらは溜めに溜めてるわけだけど、相手からすると、こないだは笑って受け流していたのになぜ?え、何急に怒ってんの?って反応にならざるを得ない。分かんないから。ひどい時には「察してちゃんかよめんどくせえ」位の反応され、大変遺憾なのだが、後に自分も同じ目にあってやっと分かった。これは相手に本意が伝わらないぞ、と。

どうも自分の思い方と発露がうまくないみたい。相手はヘラヘラしてる。こっちの気遣いや我慢が伝わってない。それからいくつか本を読んで試してる。何か最近うまくなってきたかな……と油断すると知らないところで不満を溜めていて、まだまだ。ノーと言ってよい、怒りはもちろん、自分の意見や思っていることは、相手に伝えてもよい、と知る。

「おめー自分で気遣いしてる、我慢してるとか言っておいてあの時のアレは何だったんだ、とんでもなく自分本位だったぞふざけんな。許してない」というのも沢山あるはずで、そういうのにはただただごめんなさいと言う他なく、今ならばもう少し誠実に話や振る舞いをしたいものだと思っている。

思うことは、これから先なるべく人と誠実に向き合っていきたいし、その際には自分の立ち位置や感情ともいっそう向き合いたいということである。2020年はたくさんやることあるぞ、いいからやれ、だぞ。

衣食住と文化的生活の充実

2019/08/11

 

10年ほど前に会社でタイムマネジメント講座を受けた。「〜これらの方法で効率化ができたあなたは定時で帰れるとする。さて何をしたいですか?」と言われて、僕は「食材を買って家でカレーを作って食べたい」と言ったら、講師と他の受講生に不思議そうな顔をされた。

皆が言ったのは資格勉強をする、新しい仕事を取りに行く、等だった。その時はちょっと恥ずかしいような思いもしたが、結局その感覚は変わらなかったし間違っていなかったと思う。生活の充実こそが暮らしていて最も重要という感覚だ。

休みの日にカーテンを開けたらよく晴れている、ともなればカーテンや布団のシーツや毛布なんかを一気に洗濯をかけたり、場所を決めて大掛かりな掃除を始めたり、平日にきちんと早めに帰宅して簡単にこしらえた料理でご飯にする、みたいな行為に充実感を覚える。

勉強もするにこしたことないし、やる時はやるけど、それって残業してたのをゼロにしてわざわざ優先順位1番でやることかよ?と思う。まずは衣食住の充実なんじゃないの。文化的生活の向上なんじゃないの。

今日はお天気もよく、タオルケットと枕カバーと布団カバーと洋服が外でしっかり干せたので気持ちが良い、気持ちが晴れる、と話していて、ふとそういうことを思い出した。

言語関係なくPOPな曲を探せるようになった

2019/04/27

 

自分で音楽を作ったり演奏したりを趣味にして、早20年くらい経った。社会人生活も15年に手が届きそうなところまで来ており、そんな中でも趣味を続けられていてありがたい限りである。

演奏が趣味の人にとって、当然ながら付随する趣味が音楽鑑賞だろうと思う。最近はサブスクリプション音楽配信サービス(今はApple Musicを使ってる)で音楽を聴くことがほぼ100%になってきた。その中で、勿論欧米や日本の音楽も聴くのだけど、敢えてワールドミュージックや、各国のTOP100のプレイリストを好んで聴いている。

以前音楽活動遍歴について書いたけれど、中学生だったのが1998年だというのにフォーク・ニューミュージックやSteely Danなど父親のレコードコレクションにハマるような人間だった。

「自分の周囲の人がちょっと知らないようなものを知っていたい」というひねくれた根性と、「よくわからない何か」に惹かれるようなところが昔からあったと思う。

ジェットコースター

2018/12/31

 

毎年あっという間と言う他ないが、今年が終わってしまうので、一度振り返っておきたい。

今年は、心身のバランスを著しく崩した1年だった。

「寝てる時の歯ぎしりのせいでマウスピースをつけて寝てる」「尋常じゃない肩こり首こり」「双極性障害から立ち直りかけ」という三重苦をベースにしながら、「左半身麻痺」「呂律が回らなさ」が発生しており、更には「痔瘻」が思いもよらないところから発見されて人生初の入院、という騒ぎにまで発展してしまった。

痔瘻には参った。まず発覚するまでが遠回りだった。去年以前から運動後にお尻の一部がほんのり腫れ上がるという症状があり、当時行った皮膚科には「粉瘤なのでそんなに気にしないで良い」と雑な診察を受けていた。2月に泊まりがけの仕事から帰る頃には、その腫れのせいで車の運転が痛みを伴うものになっていた。

痛みを避ける動作になることで腰痛を引き起こし、中国式マッサージを受けたらたまたまお尻を足で踏まれ皮膚内でその腫れ物が破裂。激痛が走り別の皮膚科に行ったところ、「これは粉瘤ではなく痔瘻です。しかも破裂しちゃってる」という話になり、CTスキャンを取り総合病院に転院。サーファー風の女医さんに診てもらい入院決定!しかしながら当初の措置が落ち着くタイミングと、病院がオンボロすぎて建て替え工事をしている都合上7月まで手術はお預けに。

事前通院の回数を重ねてるうちに、「せっかくの総合病院の通院なんだし色々気になってること聞こう」と思い立ち、「左半身麻痺」と「呂律の回らなさ」は脳梗塞ではないかとこれまたCTスキャンを受けさせてもらうが結果は何にもなし。

昔住んでいた埼玉の整体に試しに再来院したところ、その麻痺と呂律はすべて肩こり首回りの身体のこりに起因するものだったことが判明。その後いくつかの整体やストレッチ屋などを巡り、「長年の歯ぎしりによって顎、首、肩回りの尋常じゃないこり・痛みに繋がっている」というのもだんだん見えてきた。

幼い頃から歯ぎしりをしながら寝る子だったらしい。ストレスを溜めやすく寝る時にそういうのが出るのだ。おかげで永久歯になっても続けているので歯はすり減っている。結婚してからようやくその問題に向き合うようになりマウスピースをつけて寝ているので歯のダメージはなくなった。しかし、歯ぎしりは止んでないのでマウスピースに穴が開く(半年に1度2個ずつ作り直している)し、顎周りへ負担はかかり続けてるので麻痺と呂律への影響は引き続きたびたび起きている。

7月の入院、手術はまさかの誕生日で、手術自体は麻酔をしてもらったけど終わった後の激痛に耐えるのが本当にしんどかった。痛みを我慢しながらGleeをシーズン1から見返していた。毎日妻をはじめ、お見舞いが楽しみだった。

退院すると、僕はかねてよりやろうと思っていた転職活動を開始。そして、年始より考えて準備してきた、9/23に向けてのバンドの練習も本格化した。そして同時に現職の仕事が忙しくなってきた。11月中旬に向けて、割と大きな案件を抱えることとなった。

バンドのライブは練習の甲斐もあり無事終了!直後、キャパオーバーだからよせばいいのに、「せっかくたくさんの人に来てもらえたのだから、これまでのライブ音源も合わせて、配信サイトにアップロードしたい」という思いが強くなって週末そのような作業を実施。平日は有給を使いまくって面接を数社受け、最終的に9月末、1社から内定はもらえたけど経済面で折り合わず辞退。気持ちをもう一度現職に持って行き直した。もうこれだけで結構お腹いっぱい。

11月の案件(案件Aという)については10月は大詰めの時期だが、休日は元々入っていた妻の同僚の結婚式に同席するためにバリに行き、父方の法事があり大阪に行き、という何とも盛り沢山な予定があった。海外に行くのは3回目でバリは初。忙しい中エアポケットのようにゆったりとリゾート気分を味わえた貴重な時間だった。大阪は法事の合間に妻の好きなカレー屋巡り出張編を実現できた。

帰国すると、案件Aは何とか軌道に乗っていたが、細々進んでいた案件Bが突如大変注目されて、11月中旬に全国の人を前に発表させてもらうということに。結局案件Aの現場に居ながら作業進捗を追いつつ案件Bの資料作成を立ったままやるという訳のわからない状況になった。どちらも嬉しいことだがプレッシャーになったのも事実。毎日毎日車で案件Aと案件Bの現地に赴きながら、帰宅後も資料作りに追われる。正直この辺の時系列があやふやだ。

で、11月頭に案件Aがめでたく完遂!あとは案件Bだけ!とホッとしていたら、妻が妊娠したというニュースも飛び込んできた。親になる想定はしていなかった。子供を持つか持たないかという選択は何となくしないまま過ごして来た我々にとっては驚きだった。

どうしようか、と思っていたものの、だんだんと「せっかく居るのであれば、迎えたい」と気持ちに固まってきた。フライング気味に自分たちの両親や親しい人にだけ伝えた。今思えば、戸惑いながらも非常に嬉しかったのだと思う。

そんな風に不器用に喜んでいたけれど、あっという間に状況が変化していってしまい、残念ながら最終的に流産となった。ただただ残念だった。妻の心身への負担は尋常じゃなかった。

休みを取ってゆっくり過ごしてもらった。僕も数日は休みを取らせてもらった。どうしていいかわからなかったけど、ただふたりで一緒に時間を過ごした。何回も何回も何回も涙が出た。

もともと子はいない前提で、何ともなく過ごして来た。急に渡されたものを「欲しいと特に思ってなかったけど、気に入ったから持っとくか」と思った瞬間に取り上げられたような気分だ。この状況の変化に気持ちがまったく付いて行かなかった。

けど、身を以てそれを体感してきたのは妻の方がよほど辛かったと思う。来る日も来る日も号泣して居た。どうしようもない。とにかく、僕がしっかりしなきゃという思いもありつつ、ショックが大きかった。もう他のことをじっくり考える余裕が全くなくなってしまった。

産婦人科では、受付が杜撰すぎた。間違って別人のカルテを寄越そうとするし、流産だという結果を聞いて、会計を済ます時になって何故かカルテを出して確認しているにもかかわらず「次の予約は***ですね(別の院に転院予定だった)」などと配慮のないことを言われた。あまりにも配慮がない発言に脊髄反射で怒鳴りつけてしまった。

配慮してくれてるのかよく分からないメッセージには、猛烈に怒り狂ってスマートフォンをぶん投げて画面を割ってしまったりもした。そういう、普段なら受け流せるような瑣末なことも受け流せなかった。ちょっと普通の神経ではなかった。

肉体的にも精神的にも限界まで溜め込んでしまって爆発した感じだった。4年前に双極性障害(躁)をやっていたので、このままだとそれが再発するとヤバイと思って自分から前通っていた病院に行った。先生には「自覚してやってくるなんて偉いですよ」と褒められた。もう少し遅かったら何らかのトラブルを生んでいただろうと思う。再度薬を飲みながら治しにかかる。

このとおり、今年はいつになくジェットコースターのような1年だった。

振り返ってみれば、仕事もうまくいったし、バンドも色々楽しめたのは大変ありがたい限り。リスナーとしても、サブスクリプションサービスを本格的に始めたからこそ知った音楽が沢山あって、CDは買わなくなったけど俺は相変わらず音楽好きだという思いを新たにできた。妻と出かけたバリ、大阪、ここには書かなかったけど千葉の鴨川、静岡の下田への旅行も楽しいひと時だった。

そういう楽しい気分も沢山思い出しながらも、一番はやはり生まれなかった子に対する気持ちが占める。この先何回も、きっと「もしあの子が生まれていたら今頃...」という思いを抱くと思う。

何もしてやれなかった分、忘れないでいてやりたい。変な話だけど、この子が一度は妻のお腹の中に出て来たからこそ、僕ら夫婦はそれまで以上に夫婦らしくなった。結婚って喜びは2倍で悲しみは半分というけど、本当に言う通りだと思った。

そして、心身の不調はもう無視できないくらい日常生活に影響を及ぼしているし、この先夫婦で色んなことを乗り切って行くことを思うと、ますます盤石さを増して行きたい。

来年2019年は今年以上に身体や心と向き合い、また妻と一緒に支え合って行きて行きたいなーと思う。それをベースに動けるようになって初めて、仕事や趣味が楽しめるんだからな!と自分に常々言い聞かせて行きたい。

人に優しくする加減て難しい

2018/09/02

 

人に優しくする加減て難しいよね、と今朝妻と話した。優しさに飢えた人につい、少しサービス精神を発揮してしまった後の、全体重をかけて寄りかかってくるのには嫌悪感を覚える。その結果激しく突き放してしまう。

ただ、相手からすると、優しいから甘えたのに急に冷たくされた!なんだコイツは!となるのも理解はできる。この辺まだ調整中。僕も相手もコミュニケーションのバランスがとれてないという点では同じ穴のムジナなのだろう。

過度に優しくしないためのトレーニングとしては、相手の話をなるべくそのまま聞き、大枠で同意する「だけ」に留めるというのがある。「仕事で**でほんとにツラい」と言われても「仕事、大変だったね」とは言っても「しっかり対応して偉いね」までは言わない、とかね。フルサービスしない。

全人格肯定モードは、本当に自分にとって大切だと思う人に、事実自分が沸き上がった共感もセットで伝える。そうでないなら過度にリップサービスしない。そうしないとこちらがパンクする。

自己犠牲の精神で助けるなんて誰に対してでもできるわけじゃないと知っておかないといけないな。過度に優しくしなければ、過度に甘えられないし結果ブチ切れることも減るだろう。備忘録。

音楽活動遍歴

2018/08/01

 

音楽遍歴を話すとまあまあ長い話をしなきゃいけないくらい、歴が長くなって来たことを感じる。ただ中高生という多感な頃から今まで、音楽活動というのは常にそばにあったもので、これを抜きには自分の人生語れませんねレベルにはなってしまった。だらだらと感慨深げに書いてみることにする。

音楽を主体的に聴くようになった中学生の頃から。基本的に音楽というのは聴くのと演奏するのがセットだった。

ただでさえ田舎の宮崎で音楽情報も他の地域からしたら得られるものが少ない中、もともとミュージシャン自体をあまり知らなかった。Mr.Childrenのことを略してミスチルと言ってることを小学校5年生くらいまで知らなかったくらいだ。

中学生の時は所属した剣道部の先輩が親の影響で聴いていた70年代フォークソングを一緒に聴いていた。ふきのとう、かぐや姫、風とかに始まって、ニューミュージックと呼ばれたオフコースやチューリップ(これらは母親がテープを持っていたのですぐに色々曲を覚えた)。そのうち、実際演奏してみようぜという話になった。先輩はギターで、僕は当初、幼稚園から習っていた電子ピアノがあったが、先輩の家まで持っていけなかったので、家にあった小型のキーボードを持って行った記憶がある。そのうちギターがかっこいいと思っていたら、叔父が実家(つまり僕の祖父母の家)に置いて行ったクラシックギターを父親が探して来てくれて、先輩の家でよく弾いた。のちにYAMAHAエレアコを買ってもらうことになった。

高校生になった頃にはゆずがデビュー。70年代のフォークは段々フェードアウトして、昔からの友人と一緒に路上ライブをすることになった。友人の両親が経営していた街の美容院がビルの2階にあって、そこから電源を伸ばして彼がキーボードを弾いた。お互いオリジナル曲を持ち寄って、土日に路上ライブを楽しんだものだ。

こんな風に書いているといわゆるギター1本かき鳴らすタイプのミュージシャンが好きなのだろうと思われそうだけど、音楽の趣味については父親の趣味が色濃く反映されていると思う。Beatles、Carpentars、Billy JoelSteely DanとかQueenというようなミュージシャンを父親が好んで聴いていた。自分で初めて買った洋楽のCDは既に解散していたJellyfish。上記のような日本のミュージシャンの音楽を路上ライブで演奏をしながらも、洋楽的なアプローチができていて、かつひねくれたコード進行や重厚なコーラスの入った曲をいつかはやってみたい、という思いはあった。

彼ら僕にとってのレジェンドのライブは(まだYoutubeもなく、父親はCDやレコードは持っていたもののライブビデオは皆無)映像含め観る機会がなかったし、同じ人の声が複数重ねてあることや、スタジオミュージシャンを多数招いて何度も録音し直すみたいなライナーノーツを読んで、やはりこういうのは宅録と言われるやつで音源を作って再現していくものなのだろうなという思いはあった。実際知り合いにMTRを使って自作の音源を楽器屋に置かせてもらっている人もいたから、そういう思いは募った(後にその人はメジャーデビューしたくらい、当時から才能を発揮していた)。

大学に入ってからは音楽サークルに入り、エレキギターも手にした。ドラムやベースも少々齧って、随分遅れて宅録で多重録音で遊ぶようになった。曲作りはずっと続けていたけど、音源にするとなかなかバンドサウンドのアレンジなどはうまくできなかった。オリジナル曲をやるバンドを組んだり、友達と1曲ずつ自作曲の入った音源を作ったりもした。地元宮崎を出て東京でいろんな地域から上京して来た友人と一緒に音楽をやり充実した日々だった。

そんな大学時代も過ぎ去り、社会人になって2,3年が過ぎるまで、一度は音楽活動からは遠のいた。しかしながら自分の音楽を音源という形に残したい欲は留まらず。ProtoolsMac book proを買ってみたり、61鍵盤のMIDIキーボードや自分のベースを買ってみたり、20万くらいするGibsonのアコギを買ったり、金にものを言わせて宅録環境をこしらえてるうちに、大学の先輩の誘いで今のバンドを組むことになった。

中学から大学にかけてはずっとギターを弾きながら歌うことが前提だったが、ここで楽器構成を鑑みて、古巣であるキーボードをもう1回手に取った方がバンドのアレンジの幅が広がるということになった。当時でもコードをピアノで押さえるということは難なくクリアできたのだけど、ボーカルをとりながらの演奏はかなり慣れが必要だった。

メンバーの結婚やお子様の誕生によりバンド活動は一旦2011年でストップし、以降6年くらいはデュオ活動に軸足を移したが、それをきっかけにキーボードでも弾き語り、曲作りをするところまではこぎつけた。気合いを入れて88鍵盤のKORGのSV-1というキーボードに買い換えたのもこの頃。そうこうしてるうちに僕も結婚し、バンドメンバーの育児も一旦ひと山越えたということで、昨年2017年は6年ぶりのライブも果たした。今はバンドとデュオ両方のライブを準備している日々だ。

今34歳になったけれど、ここに来てようやくSteely Dan的なアレンジや、QueenJellyfishのようなコーラスワークを宅録に反映できるようになりつつある。彼らを夢に見て17歳くらいから宅録始めて、早17年(!!)。きっとプロになるような人たちはこんなにチンタラやってるなんて信じられないだろうけど、それでも長い時間かけてやってきただけのことはある。

このまま楽器大好きおじさん、宅録大好きおじさんとして生涯を全うしていくのだろう。おそらく後世には何も残らないという諦念を最近抱えつつはあるが、一緒に音楽をやっているメンバーや、妻や一部の友人にとって人生のひとときを彩るツールのひとつになってくれれば幸いである。

 

メルカリを試したら1日に8個発送手続きをすることになった

2018/07/28

 

前々からメルカリというのが気になっていた。元々リサイクルという概念が好きで、古着でぴったりのサイズのものを見つけると得した気分になるし、捨てるはずだったものがリサイクルショップに売却して誰かの手元に渡ることを想像していいことをしたような感覚になるところがあった。

最近ではよく利用していたブックオフが閉店してしまうニュースがあり、その原因がメルカリ含むネットショップによるものだという分析を読み、なるほどメルカリっていうのは今の10代20代にはよほど身近で使いやすいサービスなのだろう、と思っていたのだ。

諸事情で入院して休みを取っていたのだが、早くに退院できることになり、余分にとった休暇を持て余していた日に、せっかくだからこういう日にこそやってみようと重い腰を上げた。

まずはiMacを購入した時に付属していたMagic Mouseを売却することにした。見た目はかっこいいのだけど長時間使うと手首が腱鞘炎みたくなったので、Magic Trackpadに替えて用済みになってしまっていたのだ。

商品の写真を撮り、価格設定をする。推奨の売価も出てくるが、どうせ引き出しに眠っていたものだし、と推奨の3分の2くらいに設定する。そのかわり着払いにした。

ものの5分もせずに売れてしまった。早速発送手続きを行った。所属しているバンドでCDを作って遠方の方に送ったこともあったから、緩衝材つきの封筒を持っていたので準備早かった。数日後、購入者に届いたようで、メルカリの画面を見るとちゃんと入金されていた。おまけに良い評価までつけられていた。

これはあれだ、奥田英朗の「サニーデイ」みたいだな、と思った。ネットオークションにハマってネットで評価されるのが嬉しくて、色んなものを売り始める主婦の話。売れたし評価されたしで、なんだか嬉しくなってしまうアレである。

思考パターンがわかりやすい僕は、他の持ち物のうち使わなくなっているものを探し始めた。ちょっと前に、楽器演奏をもっと上達させたいと思って買ったけど読んでもいない複数の本、入院中に買った雑誌、iTunesに入れた後は一切手に取ることのないCD。大昔にドラムを再開したけど結局全く使っていないドラムスティック...。まだまだ出品できるぞ。

元々がハマり込んだら後先こんなのも必要になるかも、などと思って不要不急のものまで揃えがちなところがある。年を重ねるにつれて手痛い失敗もしたので、だいぶ収まったものの、こうして探して見るとそういうのがいっぱい出てくるのだ。

ためらいながらも、1回使ったきりレベルのものは出品することにした。写真を撮り、本やCDはバーコードを読み込むと商品情報まで一瞬で出てくる。手軽すぎる。合計25個出品した。発送方法も着払いが安心かと思ったら、らくらくメルカリ便なるものを使ったら、全国一律同じ価格で発送できるというので、途中で設定を変えたりした。元々設定価格は安くしていたが、損しない程度に交渉にも応じた。

すると、この台風の最中断続的に7個も商品が売れてしまった。はじめの1、2回こそ新鮮でパッキングも楽しめたのだけど、その後放っておいたら5個バラバラと売れてしまった。

お金になるからまだいいようなものだが、せっかくの休日に俺は何をやっているのだという気分になってきた。疲労感が漂う。そもそも、何でこんなに要らないものが家にあるのだという自己嫌悪さえ募ってくる。

振り返って見ると、どうも買い物癖が自己肯定感の揺らぎに端を発しているように思えてきた。

楽器演奏は好きでやっていて、そこそこ上手になってきたと思っているのだけど、上には上がいて、時々落ち込んだりする。転職活動してみようか、と履歴書を書いてエージェントと話していると、「英語の資格があるとより良いですね」みたいなことを言われてなるほどと思ったりする。じゃあこんな知識や技術も得られたら、もっと評価されるんじゃないかと思って、せっせと書店に足を運んだり、Amazonで、その辺の実用書を買い集めるのだ。

で、その実買ったことに満足してなかなか手をつけることはしない。しばらく経つと、手付かずのそれらグッズをぼーっと眺めて「本当にいるのか?場所を取っているだけじゃないか」と不要なものを処分したりするのだ。ずっと断続的に書き続けている日記には、「購入で満足せずに、実際に技術を身につけよう」なんて自戒の念を書き込むのだ。

踊らされてるよね。勝手に踊ってるというか。

もっとも、思い立ったが吉日とばかりに即座に行動を起こす部分においては良いと思っているけれど。

楽器が上手くなりたい!→本屋に行ってうまくなれる本を探そう!

この行為が悪いとは言わないけど、本を読んでも実際に楽器を弾いて練習しないことには始まらないのだ。資格をはじめとしたそういうのもそう。

問題は2つだと思っている。

1.目標設定は、ちょっとだけストレッチを効かせる(人と比べるがあまり、高すぎる目標を立てても疲弊するだけだ)

2.目標達成のための手段を吟味する(本を読んで楽器が上達した気になるくらいなら、本なんか買わずにその場で楽器を引き続ける方がよほど目標達成には近くでしょ)

不要品を売却すること自体は良いのだけど、売却行為を短期間に幾つもやって、ものとの向き合い方を嫌でも見せつけられてしまった。本質に見合った行動を寄り道せずにやっていけたら、もっともっと気持ちよく生きられるんだろうな。

...こう書いているうちにスマホがまたぶるぶる震えて、新たに商品が売れたことを知る。

ま、いい勉強になったね。